お山歩日記2004「剣岳・立山〜岩と雪の殿堂のカニと雷鳥編」


日時 9月12日〜14日
目的山域 剣岳・立山
参加者 ノリヒコ、リツコ、ヒロユキ、ヒデオ、トシオ

   

  

8月からの台風ラッシュで、天気予報がコロコロ変わりヤキモキするうちに

念願の剣岳へ出発する日がやって来た。

予報では、どうも剣岳へアタックする中日(13日)が怪しいようだ。

とりあえず、出たとこ勝負で剣は考えるとして、保険の意味で立山縦走をプラスする事にした。

前夜10時忘れ物がないか確認して和具を出発。
走り出した車の中で、ルートの変更を切り出した。

当日発表だったので、一日目の歩行時間が3時間増えると言うと、

昨年の槍ヶ岳で高をくくったのか、トレーニング無しで挑んだヒロユキはいきなり歩行時間が倍になり、不安の声を上げる。

雨のせいでトレーニング不足だというリツコは、さすがに経験豊なので

行ける時に行っておかないと、後悔する事を良く知っている。

多少問題はあろうと、既に登山計画書に書いてしまったし、それに車は既に走り出しているのだ。

例により、御在所でうどんタイムだ。

常念岳登山の時に、ラーメンに浮気して雹の嵐に遭ったので

周知徹底し、一年間のうどん屋経験のためうどん嫌いになったヒデオにも無理やり食べさせた。
果たして祈りは届くのか?

中央道経由、途中ノリヒコと合流した後に長野道の豊科で高速を降り、148号線を北上。

大町から大町アルペンラインで5時前に扇沢に到着。

さすがに日曜日でも9月になると、無料駐車場にも空きがあり一安心した。

立山遠景 黒部ダム

ここから、乗り物を4つ乗り継いで立山の室堂平に至るのだが、

始発がなんと7時半なので時間を持て余す。
思い思いに時間を過し、いざ靴に足を通そうかという時に
さすが忘れ物チャンピオンのリツコまたやってくれました。
前回の常念で靴を濡らした後処理で、本体と靴のソールを別々に乾し
哀れなソールは今も洗濯紐に吊るされているみたいだ。
登山靴は結構重要な役目を負っているので、かなりヘコんでいるリツコであった。

7時前にようやく窓口が開き、往復8千5百円のチケットを購入。

長い待ち時間の末にやっとトローリーバスに乗る。

15分後に黒部ダムに着き、ダムの上を徒歩で10分歩く。
さすがに日本有数の黒4ダムは巨大で、放水の様子は圧巻だが、しょせんダムはダムだ。

ケーブル電車に乗り換え、次は黒部湖の景色を見ながらのロープーウェイ。

ダムとロープーウェイだけが景色を見る事が出来、あとは全てトンネルの中だ。

最後のトローリーバスに乗ればようやく室堂(むろどう)に到着。

所要時間約2時間。
乗る時間より各々の待ち時間が長いので、イライラする。

9時半、地下3階から地上に出ると2450mの別天地だ。

立山は3つの山の総称で、富士山、白山と並ぶ日本3霊山のひとつだ。

そして室堂平は立山連峰の圏谷であり、木曽駒の千畳敷カールをイメージしてここに乗り込んで来たのだが、
そのスケールは想像以上だった。

ほぼ直径1kmの谷があり、端から端まで約1時間かかる。

バスターミナル前に名水100選の玉殿湧水があり、ここで水を詰める。

ここだけの話だが、以外と美味しくない。
後に飲む剣山荘の水の方が美味しかった。温くなると埃臭い。

何はともあれ、10時近くになってしまったので、登山届を出していざ出発。

山崎カールと雄山 室堂山荘

滑り防止の為か、岩がゴツゴツしたコンクリートで舗装された遊歩道を

一の越方面に向かう。
室堂にはホテルを含めると6つの宿泊施設があり、

日本最古(江戸時代らしい)の山小屋である立山室堂山荘の脇を過ぎると、

緩やかな登りの道が山崎カールを貫いて一の越山荘まで続いているのが見える。

ちなみに、ここから分岐する玉殿岩屋は立山開山伝説に伝わる平安時代に佐伯有頼が阿弥陀如来に出会った場所であるそうな。

高低差は約250m、時間にして45分の予定だ。

登りだすと、すぐに息が上がる。
3分もしないうちに「しんど〜!」を連発。

徹夜明けもあるが、最大の原因は高度に体が慣れていないからだ。

一気に2500m付近まで乗り物できてしまったので順化できない。

楽に高度を上げるのは注意が必要だ。

胸苦しさと荷物の重さ(今回は13kg)に我慢し、トボトボといきなり全開のヒデオの遠くなる後ろ姿を追う。

盆までの夏山最盛期には辺りは一面花畑のはずが、9月の半ばになると既に山は秋模様で紅葉も始まっていた。

一向に活きが上がらないが、周りの年寄りに負けてはならぬと顔だけは平静を装いながら30分程歩くと、石を積み上げた払堂に着く。

ここからは峠までは見上げるとすぐそこだが、道はつづら折になっていてる。

「勘弁してよ!」と弱音を吐きつつ、
それでも下山してくる白人には、ニコヤカに挨拶するその場限りの大和魂は辛して発揮していた。

ようやく、2705mの一の越に到着。

ここは、雄山(おやま)、室堂、浄土山(じょうどさん)、黒部湖との四つ角であり、室堂の全景は素晴らしい景色だ。
南には黒部湖を越えて北アルプス南部の連なりが一望出来る。

ガスの合間に懐かしい槍の穂先が見え感慨ひとしきりである。

この峠に立つ一の越山荘で最初の山バッチをゲット。

いよいよ、立山の主峰、雄山にアタックだ。

道は本格的な登山道になり、ガレた急登となる。

高度差約300mを1時間の歩行だ。

ガスが出たり入ったりの天候で、間近なはずの山頂も見え隠れする。

頭が痛いだの、胸苦しいだとか一向に調子の上がらない面々の横を

Gパンを履いた若い女の子3人組が追い越す。

スケベオヤジはそのお尻を目の色を変えて追いかけ、徐々に高度を上げる。

二の越、三の越と100m毎に標識が現れ、三の越からは少し緩やかになった

一の越 雄山山頂

道を登りつめると、山頂に雄山神社がある。

社務所は2991mにあり、いわゆる神社グッツが大掛かりに販売されている。

社殿は3003mの地点にあるが、境界の鳥居から先には500円の御祓い料を払わないと山頂にたどり着けない。

お守りとバッチに大枚を叩き、何事も辛抱という中吉のおみくじも買い、信仰に貢献しただろうと、目先の小銭を惜しんで山頂の神社は断念する。

ちなみにリツコは、待ち人は来るので待ちなさいとのこと、一体いつまで待てば来るのか待てる時間はそう長くないと思えるのだが・・・

システムがバカくさいので、信仰心が厚くすぐ罰を与えたがる母親を持つノリヒコに代表として行ってもらおうと、オニギリ片手にみんなで捜していると、姿が見えなかったノリヒコが赤ら顔で登場して、「一番高い所に行きたくて、鳥居を越えたら500円取られた。

それでも御祓いしてくれて、お神酒までよばれた。」

さすが、ノリヒコだ。

御前沢 雄山を背に

社殿と社務所の間にある石標の裏手から、別山に向かう立山縦走は始まる。

室堂を眼下に大汝山(おおなんじやま)までは痩せ尾根のゴツゴツした道を

慎重に歩く。
一度下り20分程緩やかに登ると、立山最高地点3150mに到達する。

と言っても小高い岩の上に一本木が立っているだけで、

山の名前も標高値の書かれていない。
2メートル位高さの尖った岩に登って

その木を覗いてみると墨がぼやけて読みづらいが、何かしらの団体登頂記念みたいだ。
なんか不親切というか、お粗末という、しっかりしろよ立山という感じだった。
資料の読み込み不足で、帰ってこれを書くまで雄山と大汝山と
,これから向かう富士の折立の3つを総称して立山というらしい。
雄山の様な賑わいはなく嘘のような静けさだ。
舐めたような格好で登っているのは雄山までで、さすがに縦走をかける人はそれなりの格好で限られたパーティになる。

大汝山(手前)と富士ノ折立(奥) 大汝山山頂から黒部ダムを望む

大汝山の頂上からは黒部ダムが見える。
黒部湖を走る砂粒の遊覧船が白く糸を引いている。
ロープウェイの駅である黒部平から見えていた白っぽい山の連なりがここだったのかと思うと、感懐深い。

ガスが無ければ鹿島槍ヶ岳や白馬などの後立山連峰が一望できるのだが、チビリながら一気に落ち込む崖に自分の限界まで近づき黒部ダムをバックに記念撮影をして、次に向かう。
ちなみにビビリチャンピオンはヒロユキだった。
頂上直下に大汝休息所があるが素通りして、再び下り登る。
15分程歩くとすぐ富士ノ折立2999mだ。

とはいえ、実際は尖った岩壁の頂上へは踏み跡はあるものの、ルートがないので、一応参加者は募った応募がないのでパス。

頂上を迂回すると、そこから一気に200m下る急勾配だ。

後ろのほうから「もったいない、なんでこんなに下りなきゃイカン?」

呪詛の呟きが若干2名ほど上がり始める。

「行くのも地獄、帰るも地獄、なんなら残る?」と励まして、

先行く2〜3のパーティの人影を目指す。

2700mの鞍部まで下り再び2861mの真砂岳に登る。

この頃から、ヒロユキが「なんか左足が変だ。」と休憩ごとにつぶやく。

登り自体は緩やで、ここまでそんなにハードな行程でもなかったので

あまり重大な事とは思わなかった。
リツコも小声で私も足の裏が痛いとつぶやいたが、笑われただけだった。

右手に内蔵助カールを見ながら砂礫の道をトボトボ歩く。

東に伸びる真砂尾根にある内蔵助小屋が近づくと

「あれが今夜の小屋か?」と後ろから聞こえる。

更にもう一山越えなきゃ見えないと希望を打ち砕き、ガンバレと励ます。

しばらくすると分岐があり、見た感じ真砂岳の山頂をトラバース出来そうだった。

先行く人が歩いて行くので、楽をしたければ下の道を行き後で合流しようとヒロユキに提案したが、ひとしきり思案の果てやはり一人では不安であるということで「えらい所に来てしもた・・・。」とお馴染みの台詞を吐きつつ先へ。

道がなだらかになると、石積み(ケルン)が現れると、どこが山頂か分からない平らな道が10分程続く。

標識が現れ、さっきの分岐は室堂に下る道だったらしく、あの道を通ると結構遠回りになるみたいだ。

「行かなくて、正解だ。」と非常に怪しい隊長であった。危ない危ない。

真砂岳 別山

2861mの三角点だけの山頂を通過し内蔵助小屋(約15分)への分岐を過ぎると再び下りだ。
真砂乗越という鞍部まで約100mを一気に下る。

しばらくは快適な稜線歩きになるが、ガスが濃くなりだし、風が冷たくなり頭が痛くなる。

目の前にどっしりとした別山がドーンと迫り、本日5回目の登りに取り掛かろうとすると、ヒロユキが膝が痛いと言い出した。

いつもならテーピングサポーターを持っているのだが、自分が両膝にサポーターを着けているので必要ないだろうと予備はない。

困っているとヒデオが自分の巻いているやつを外し差し出した。エライ奴だ。

30分程登り全体にかなり疲れが溜まりだしてきた頃に、今度こそ本当にトラバースするルートが現れた。

ノリヒコがこのコースを取ると15分短縮できると力説し、ヒロユキは目で必死に訴えかけている。

別山から剣岳の眺望が素晴らしいらしいので、ここまで来たら登らなかったら後に後悔するだろうと思い、2チームに別れことにした。

意外にもリツコも同じ思いで、「登り出すと後悔するだろうけど、15分なら後で後悔したくない。」とヒデオと3人でアタックをかける。

後の2人は先行くオバサン2人の跡を追い頂上を迂回する。

3分も歩かないうちから足に来て、若干後悔するがヘロヘロになりながらも

頂上にたどり着くと小さな社があった。

別山は雄山、浄土山と並び立山3山の1つだ。

各々規模は違うが社があり、2874mの山頂には帝釈天が祭られている。

剣岳 剣山荘

扇沢ですぐ後ろでバス待ちをしていたオジサンがいて話をすると、

こちらも同じように2チームに分かれ、先ほど見たのはそのチームだった。

3日目以外は同じ行程らしく、「口で言う割には、意外とだらしない。」ひとしきりと愚痴をこぼしてから、「じゃあ剣山荘で!」と颯爽と降り始めた。しかし杖を忘れていたので、カッコよさは??だ。

ガスが晴れそうで晴れない、多少粘ったが諦めて下りると、ノリヒコとヒロユキは昼寝モードだ。

2つ小ピークごえで稜線上に剣御前小屋、眼下に2つの小屋。

一番遠いのが今夜の宿だ。

そこに至るには4つルートがあって一番近いルートを選択していたみたいだ。

ノリヒコが他より20分速いと地図を突き出し主張。

つづら折の滑り落ちそうな急斜面を20分かけて一気に2500mまで下りると剣沢小屋に出る。

手前にあるキャンプ場に荷物を置き、200m程奥の小屋へバッチを買いに出向く。
小屋前のテラスからは剣岳を仰ぎ見る事が出来、残念ながら頂上部はガスの中だったが、迫力満点の剣が迫って来る。
創作意欲が俄然湧き出したが、手元にはキャンパスは無く、傑作を書く機会を失った。

小屋に入ると、薄暗い中に山で珍しい花が咲いていた。

巨大な双眼鏡を慌てて隠しはにかむ笑顔がかわいいお姉ちゃんが「いらっしゃいませ」と言う声にハートを鷲掴みされる。
ヘロヘロの中年オヤジは勧められるままにバッチを2つ買い、「やったぁ〜。」と喜ぶ姿に舞い上がってしまった。

ついつい今夜の宿を替えようかと不埒な考えを起こす。

イカン色欲を戒めねば、御神籤を思い出し断腸の想いで皆のもとに還る。

違った意味でもう少し小屋にいたかった。

なんか悔しいので、小屋に行かなかった男どもにはしばらく黙って置く事にする。
ちなみにノリヒコとヒロユキは動きたくなく、ヒデオはバッチに興味がないからだったが。

後ろ髪を引かれながら、剣沢を越え30分かけて剣小屋に向かう。
下って登る足場の悪い道はヒロユキに追い討ちをかけ、「まだか?まだか?」を呪詛のように呟いている。
ようやくたどり着くと、時刻は3時50分。
終了の時間が遅いといっぱい歩いたように錯覚してしまが、約6時間の歩行は高山では普通だ。

宴会で賑わう「岩と雪の殿堂、剣岳」と書かれた看板の小屋前で、荷物を降ろしチェック・イン。

剣沢小屋からの剣岳 剣山荘にて

この時期、5人以上だと個室形式の小屋では一部屋独占の可能性が高い。

小じんまりした6畳を与えられ、荷物を移動すると、4時までというお風呂に慌てて出かける。

3畳弱のスペースに1畳程の浴槽があり、それは一応熱い湯がかけ流しで檜らしい浴槽に溢れ水を足さないと入れない。
試しに3人で(当然男)入ってみたが窮屈なので、交互に入り環境に配慮して石鹸類は使えないので、
ひたすらタオルでゴシゴシと体を擦れば充分気持ちいい。

先に風呂を出たヒロユキが通路パンツ1枚で涼んでいるのを見た時は、こいつ怖いもの知らずの漁師オジサンモードだと感心する。

サッパリとしたところで、ようやく念願の生ビールにありつけた。

生中800円。ここまで来たら何でも許す。

歓喜の乾杯の後は、場所を外に移し宴を張る。

ここは一服剣の麓にあり、近すぎて剣は見えない。

仕方なく別山尾根を眺めながら、優しい義兄の私は、リツコの1gのワインを減らす為に、頑張る。

向かいにある剣沢小屋を指差して、ここの愛想の無いお姉ちゃんに比べ「剣沢小屋のお姉ちゃんは可愛かった」と、

事の顛末を説明すると、リツコも同意したので、小屋に行かなかったノリヒコが非常に悔しがり、連泊をやめて明日は剣沢小屋だとゴネルのであった。

どいつも自分の荷物を軽くしたいので、ツマミ等はお勧め合戦になる傾向にあり、

気がつくと5時の夕食までの僅かな時間で小腹が膨れる最悪の事態になる。

カンチ飯であまり感動を覚えない食事を無理やり詰め込む。

リツコは生中一杯で出来上がり、自分で担いできたワインも飲まず、夕食も殆ど食べないままダウン。

続いていつもは昼寝をするが、今回時間の余裕がなかったノリヒコもダウン。

7時を待たず私、徹夜の登山を終え次々とダウンするのであった。

部屋に漂うのはタイガーバームの匂いと、鼾の5連唱だった。

夕食 朝食

満天の星空を見たのはヒデオだけで、夕食後に渡される弁当朝食があるためか4時前から周りがざわつき始め、我慢して5時前まで寝る。

ちなみに最初にダウンしたリツコは、自分ひとり星空を見て私を起こさなかったと、ヒデオを責めたが鼻で笑うヒデオであった。

20分に質素なからも、昨日よりはまともなお米を食べ終えると、食堂のテラスから期待していなかった御来光を見ることが出来た。ありがたい。

昨夜100人弱はいた登山客で朝食を摂ったのは20人弱だった。

道理で朝方騒がしかったはずだ。みんな剣に先行したのだろうか?

準備に入ると、ヒロユキが言った。

「夜中にトイレに起きたら、膝が痛くてしょうがなかった。みんなに迷惑をかけるといけないので、小屋で待っていようかな。」

6時間は待たなくてはいけないぜ、と言うとさすがに考えこむ。

風呂の魅力より剣岳の全容を見たいと、峠(別山乗越)まで登るプランに変更したので、
「時間を持て余すなら先行して剣御前小屋で待つという方法もあるよ。」
と言えば余計に不安になったらしく、せっかくここまで来たのだからというみんなの説得に、いける所までと決心した。

ではと痛めた膝にテーピングをしていざ出発。持ってきてよかった。

澄み切った山の朝は気持ちいい。
視界もクリアで肌寒さにこれからが本番と気が引き締まる。

6:15最低必要限の荷物と山小屋弁当を背負い、あとは小屋にデポして出発。

剣岳山頂に至るまでに2つのピークを越える。

一服剣(2618m)、前剣(2813m)を経てようやく2998mの山頂にたどり着く。所要時間2時間半、往復5時間の行程だ。

騙され顔でしぶしぶ参加のヒロユキを最後部に、同じような構成の山岳部らしい学生をナビにして目の前の一服剣を目指す。

最初はルートを見つける手間が省け、これはいいわいと思っていたが、余りにも慎重すぎ講釈の時間が多すぎ先に進まない。

立ち往生しすることしばし、他人任せでは埒があかないので追い越し30分程歩くと一服剣だ。

目の前に広がる圧等的な前剣の岩稜はまるで垂直に伸びる壁のようだ。

どうやって登るんだ?

取り付いてしまえばなんとかなるだろうが、余りの迫力に表情には出さないものの正直ビビッテ足が震えた。

一息ついて勇気を出して50m下ると武蔵のコルと呼ばれる鞍部だ。

待ち構えるのは250mの登りで、看板に「浮石が多いので、落石注意!」と書かれている。

これから本番と注意して手足を十分に活用。
鎖が出現するもまだまだ序の口。

一服剣 前剣

浮石を踏み落石を起こすと、下を登る人に危険を生じさせるので、足元に最大限の注意を払い急傾斜を這い登る。

40分かけてようやく前剣に到達。すばらしい景色が我々を迎える。

後方には先程までいた一服剣越しに、前御前(2776m)や別山乗越、別山や立山が見え一気に左右に落ち込む崖は目が眩む。
特に北側の富山県側は、落ちれば1000m位止まらない様な気がする。

ステンレス製の標識を手に持ち記念撮影、剣に入ってから何故か英語と共にハングル文字が表記されている。

一服剣を見下ろすと、先ほどの学生達がようやく到着していた。

後を付いて登らなくてよかった。

2813mの前剣で満足したのか、ヒロユキがここで待つと不退転の決意で言う。

前情報ではこれからが危険を伴うとされ、地図上も危険マークが記されている。

しかし、ここでは風を遮るものが無いので、もう少し先に進んで風の無い所を捜そうと、再び降下する。

少し下りると長い鎖場が現れ、危険というより鎖を手助けにして楽に一気に下りる。
大きな岩を迂回して下ると、目の前に巨大な一枚岩が出現。

その岩に真横に鎖が付けられているのを見て、思わず笑った。

地図上に門と書かれた場所であろう。岩の手前まで来て顔が引き攣った。

その岩に取り付くためには橋を渡らなくてはならないのだが、それが問題だった。

岩との間には幅80cm位で距離にして3mほどの細い回廊があり、そこに幅50cmアルミ製で工事用の網目の足場板がわたされている。

しかも傾いている。

平地ならばどうってことはないが、両側がスッポリ落ち込んでいるので真っ直ぐ歩いて渡る勇気はどう絞ったって出てこない。

しばし、固まった後に橋の幅しかない1mは尻ずり、跡は橋をホールドしながら横を歩く。

それに続く岩の横渡りは足場がしっかりとしているので高度の割には恐怖感をない。
もっとも橋が本当に怖かったから、それ以下だとあまり感じない。

に続く岸壁

渡り方さえ分かれば、何とかなるので指示を順送りに出し無事通過。

再び登りに突入する手前で山頂が見え風を遮り、
尚且つ帰りも通る稜線直下の南斜面でヒロユキは待機するこことにした。

ここからは縦に横に鎖場の連続であり、気を緩める事は出来ないがビビらなければ大丈夫だ。

全体に歩くというより、両手両足を使い這い登るって感じなので余り心肺的には辛さはない。

幾度かアップダウンを繰り返すと目の前にほぼ垂直の岩盤が立ち塞がる。

鎖と岩の窪みを手がかり足がかりにして岩に張り付き3点確保で慎重に高度を上げる。
鎖が終わったかと思うとまた鎖。

下から見るより遥か上まで鎖は続いていて、結局30m以上のクライミングとなる。最後のほうはホールドの間隔が広くなっているので、体の小さい女性には厳しい。
腕力さえあれば、さほど問題はない。

後で聞いたら、これが世に聞くカニのタテバイだった。

どんなに怖いかなぁと思っていたが、登っている最中は必死なので下を見る余裕もなく、怖さを感じる暇がない。
もっとも鎖が無ければ話は違うけれど・・・。

タテバイを過ぎ稜線がなだらかになり、張り出した岩をまたぐと早月尾根へとの分岐がある。
標識に早月尾根、帰り一般道と書いてあるので、
「どういう事よ?」と迷う。
それは後に地図で確認することにして、先に進むと祠が現れようやく山頂(2998m)に着く、時刻は9:00。

カニのタテバイ全景 カニのタテバイ

残念ながら30分の差で、山頂はガスで真っ白の景色だ。

先客は昨日別山で会ったオジサンのチームと私と同世代の夫婦連れ、あと前剣手前でも猛烈な勢いで追い抜いて行った30才位の女性2人組。

みんなガス待ちしている模様だ。

もう一つ残念なことは剣岳には三角点が無く、お情けで道路工事に使うプラッチックの杭が打ち込んであった。

この秋の測量でちゃんとした高度と三角点が置かれるはずだ。
この事態はきっと、昨日500円を惜しんで雄山山頂神社に参拝しなかった貧乏性がもたらしたの
かも知れない。
小金を惜しんで、大損こくか・・・。行ける時には行かねば。

剣岳山頂

20分程粘ったが、ヒロユキを待たしていることもあり、眺望は諦めオジサン達が下山するのをきっかけに我々も出発。

ちなみにオジサンは、明日は大日岳に行くのだと、昨日と同じ説明をしていた。

10年ぶりに来たと長々とご自慢の講釈を付録に、早月尾根への分岐の対処の仕方は聞いたので迷うことなく来た道を戻る。

稜線を少し下りた所で、下りは別のルートとなる。

岩伝いにしばらく下りていくと、先に下りた夫婦を先頭に渋滞だ。

オジサン達(男2、女2)に続き待機していると、別のオジサンが

「この先が、カニのヨコバイだよ。」と教えてくれる。

ようやくオジサン達の番になり、講釈オジサンが渡り方を実践しながら説明している。

カニのヨコバイは、100m程切り立った岩盤に幅15mに渡って鎖が通されたタテバイと並びハイライトの一つだ。

しかし、足元が見えづらい。

ガイドブックにも一歩目が注意と書かれている。

確かに、初めて来て先頭なら橋みたいに考え込むかも知らなかった。

ラッキーな事に目の前で実例を示してくれているので、少しも怖くなかった。

カニのヨコバイ カニのヨコバイに続く階段

鎖を掴んで少し岩からぶら下がりぎみにすると、しっかりとした足場がよく見え、取り付いてしまえば後は問題ない。

順送りに渡り方を申し渡し、無事渡り終えると10mほどの垂直の梯子が待ち受けていた。
富山側にスッポリと崖が落ち込んでいるので、怖さはこちらの方がある。

梯子を降りて長い鎖をしばらく下ると、ちょっとしたテラスに一体どうやって回収するのか分からないトイレが設置してある。

先のチームのオバサン達が用を達す間に、お先に。

夫婦2人連れの癖に妙に距離が離れている面々を追い越すと、

カニのタテバイが見える。

改めて遠くから見ると、結構な岩登りで例の学生たちが格闘中であった。

ギザギザした岩を幾つか迂回して、少し登ると見た景色が現れのんびり日光浴モードのヒロユキが煙草を燻らせていた。

なんだかんだで2時間近く待たせてしまった。

「ぽかぽか陽気にまどろんでいたら、突然学生どもの歌声が聞こえうるさいのなんの。あいつら、くちゃべッてばかりで進まないはずだ。」

よっぽど騒がしかったのか憤慨しきりだった。

行きに下山者と会った場所なので問題はなかったが、安易に風除けという観点で待ち合わせ場所を選んでいたら、
会えなくて大騒ぎになっていただろうとみんなには内緒で思って少しゾットする。

合流後、再び帰りのは別ルートで、あの恐怖の橋渡りはなく、荒々しい北側の谷を見下ろしながら岩を巻きながら進む。

眼下の尖った岩の景観からふと目を上げると、曲がり角の石の上に鳥が一羽。

ゲ!雷鳥だ!」

思わず空を見上げた。山全体にかかるガスはまだ白い。

2mまで接近した所で、雷鳥は逃げた。

他にいないか捜したが、その一羽だけだったみたいだ。

この一羽と2mがとういう意味を持つのか、後に体験することになるが、この時嫌な予感を少なくともリツコ、ノリヒコ、と3人は共感していた。

雷鳥 剣御前


蘇る悪夢のようでどうも怪しい展開だとヒデオに言うが、彼は話には聞いてはいるがピンとはこないようだ。

気のせいかガスが濃くなったような気がする。

少しペースを上げ前剣に戻る。

お待たせと初めての山小屋弁当を広げる。

850円の高価な弁当は、鮭弁で山とはいえお寒い限りだ。

ちなみに食事以外は、剣山荘はいい山小屋で、水は美味しいし、トイレは水洗、しかも風呂があり、山では珍しくゴミまで回収していた。

まだ晴れ間もあり、我々は休憩もそこそこに一気に一服剣を越え、ヘタリながらも12時前に剣山荘に到着した

その頃には辺りは、灰色がかったガスで真っ白だった。

預けてあった荷物を荷造りし直し、山バッチを買う。

買ったバッチをカウンターに置き忘れ、大騒ぎで捜しまくっていたオバカな隊長に室堂から渡ってきた登山者から重要な情報が入る。

入山前までは一番天気が良いと予想されていた明日の天気は崩れるそうだ。

やはり、雷鳥に出会ったのがまずかった。

御前小屋から明日の眺望は期待できないし、何より雨の中を歩きたくないので、予定を変更して立山室堂まで一気に峠越えする事にした。

問題はヒロユキで、膝の具合を訊ねたら、「平気!」問題ないらしい・・・!?

未練がましく、まだノリヒコは剣沢小屋の姉さんが見たいと言いながら、それでもちゃっかりと最短ルートを捜していた。

初老の4人組みのオジサン達が、剣山頂はガスだったという我々の話に、

「ガスぐらいはいいよ。我々は登れないかもしれないから・・・」

と半ば諦め顔で、悔しそうに呟く。

確かに、雨が降って岩が濡れていたら危険度は倍増だ。

雨は当然雲の中なのでガスで真っ白、そして山では風も付き物だ。

足場は滑って、視界が悪い状況を想像するとゾットする。

お気の毒にという表情を浮かべつつも、心ではラッキー!と小さくガッツポーズだ。

後から下りてきた、例のオジサン達に天気情報を伝え、

「御前山荘で会いましょう。」と言うのに対し、室堂まで下ると伝える。

相変わらず、明日は大日岳に行くと予定を説明してくれた。3度目だちゅうに。

久しぶりのフル装備は6時間歩いた後には少々こたえる。

遠目に見るより足場が悪く、アップダウンがある道をひたすら忍耐で登ること1時間余り、山小屋が大きくなり風が出てくると別山乗越だ。

コースタイムを20分上回り、1時間10分で剣御前小屋に到着。

山小屋でバッチと、宿泊した剣山荘で記念撮影を忘れたのでその代わりに?

とりあえず集合写真を撮る。

何故だか、小屋の食事メニューを見てノリヒコが味噌汁を飲みたいと言い出だした。 

白味噌、具は大根と人参と油揚げ、300円なり。格別美味しい訳でもない。

相変わらず剣はガスの中、それを目指して室堂から登って来たオジイサンと出会う。

我々が剣岳に登ったと聞くと、恨めしげにぼやいた。

「週間予報を見て、わざわざ日程を延ばして明日に剣登山を組んだのに、明日は雨の予報らしい。岩が濡れていたら断念するしかない。」

と剣山荘までの所要時間を聞き、躊躇していた。

今から思えば、諦めて、少なくとも御前小屋で様子を見るようにと言ってもらいたかったかもしれない。

オジイサンに何度もガスぐらいならいいですよと訴えかけられているうちに、途中眼下の剣沢キャンプ場から登ってくる2人連れが小さく見えていたが、チーム三十路があっという間にやって来た。

お姉さん達に「速かったですね。」と言えば「40分(1時間の所を)だからまずまずですね。」

私の1.5倍の荷物を担いでいるのにスピードまで1.5倍だ。脱帽である。

室堂のキャンプ場にテント泊する三十路チームと前後しながら、まだ景色がある室堂目指して1時間強の下りを開始する。

雷鳥平を目指し、雷鳥坂を約500m弱降下する。

傾斜が緩やかで危険度が低いので、景色の良い室堂につい視線が向かうが、小石が多い浮石ゾーンなので結構滑る。

何度か危ない目に遭いながらも、妙に対抗心を燃やして先行く三十路軍にヒデオと2人して付いて行く。

山ではすれ違う人と挨拶をしたり、初対面でも話をするが、基本的に山話ばかりで(自慢大会の場合多し)プライベートな話はしない。

明日は雨だと伝えると、
「テント泊は撤収が大変なのよ。経験無いからいい練習になるわ。何よりバス代が浮くから小屋はパス。」
雨ならば温泉三昧という女性軍は逞しい限りだ。トホホな我々は真似する気にもならない。

室堂は温泉の宝庫なので、何処の温泉がいいかと話題になり

「有名なのはミクリガ池温泉でしょう。でも温泉に入れるのは4時までって聞いたけど・・・。」

私も山雑誌でその温泉宿は見たことがあり、出来ればそこまで行き着きたい。

紅葉が始まる雷鳥沢 地獄谷

問題はヒロユキで、彼がそこまで歩く体力があるかである。

雷鳥沢まで下りると、再び45分かけて150m登らなければならない。

一番近い温泉宿と40分位時間差があるので、出た所勝負だ。

我々より30分剣山頂に着き景観を堪能したと、御前荘で自慢していた初老の混成チームを、冷たい水(飲めない)の称名川で追い越す。

川から少し上がると、キャンプ場がありそこで三十路軍と別れる。

キャンプ場のベンチで後続を待つ間に、携帯が使える事が分かり、

ミクリガ温泉に電話をかけ、入浴時間を確認する。

最後尾のヒロユキと合流して、
「足は全然平気。何処でも連れてって!」

と剣の弱気は何だったのかと思ったが、この際よしとして再度電話して個室を確保して置く。

例によりノリヒコの最短コース取りにより、地獄谷という温泉と有毒ガスが噴出す地帯を抜ける。

余りにもの硫黄の匂いにタオルで鼻と口を押え、荒涼とした川原を上がって行くと、ようやく頭上にミクリガ池温泉が見える。

しかしそれに続くのは、疲れた体に果てしなく続くと思える階段だ。

軽装で徘徊する観光客が軽快に横を登るのを、ゲンナリしながらこの山一番の呪いの言葉をかけながら這い上がること数分
やっと本日の労働終了だ。

ありがたい謂れのミクリガ池も感動もなく横目でみて、チェック・インだ。

驚いたことに、ちょっとした温泉旅館だった。

御来光 ミクリガ池温泉にて


しかも、料金は昨夜の剣山荘より安い。

通された6畳の個室は二重ガラス窓で、押入れには小奇麗な布団があった。

早速、荷物を置き風呂へ。

6畳位の湯船が2:1に大小分割されている。
露天風呂は無いが日本で最高高度にある温泉だそうだ。

源泉は直ぐ下の地獄谷から引かれているので、湯量は豊富でいわゆる源泉かけ流しである。
硫黄泉の白濁した湯は疲労困憊した筋肉に良く効きそうだ。

大窓からは晴れてれば、地獄谷越に大日岳や、立山の山容が眺められ極楽気分だろうが、真白けだ。

嬉しいことに、石鹸とシャンプーが使えるので本当にサッパリする。

部屋に帰り、上着とツマミを持ちお待ちかねのビールタイムだ。

食堂とは別に喫茶室があり、そこで生ビール(小に近い中)600円が飲める。

テラスに持ち出し、肌寒い外気が風呂上りには気持ちよく極楽である。

体中の細胞に染み込ませるには、お代わりが必要だった。

寒くなってきたので部屋で手持ちのアルコールを減らす努力をしているうちに夕食の時間となる。

昨夜とは比較にならない豪華な夕食には、タマゲタ。

格闘が必要なほどの料理なのに、隣に座った年配の観光客に愛想していたノリヒコとヒロユキはお助けで更に料理を廻されグロッキーだ。

性懲りも無く湯上りビールを楽しんだリツコは、昨日よりは食べたもののいい加減学習しろよ!という状態だ。

本人に言わせれば、学習しないから山に登れる(辛かった事も忘れる。)と

説得力があるようで無いい訳をしていたが・・・・

又しても、ノリヒコ、リツコは早々に沈没。

8時まで起きていようと飲みながら誓うが、何時しか眠りの世界に入っていた。

夜半過ぎに雨音と鼾四重唱で目を覚ますと(起きる者は皆そう言う。)、

バシバシと窓に雨が叩きつけていた。

3時を回り寝付けなくなって、風呂に行くと窓の外は花火大会のような雷の連打である。

光だけなのでトラウマがうずく事はなく、今更ながらに雷鳥の恐るべき力に恐怖する。

くれぐれも雷鳥を間近で見たらくれぐれも御注意あそばせ!

途中、二段ベッドの相部屋で眠れなくなった80過ぎの爺さんが現れた。
ひとしきり相部屋の愚痴を聞き、早めに予約して大正解だと思った。

異様に酒臭い部屋に戻り、匂いに慣れるため4時から一人宴会を始めた。
ドーンという地響きと共に雷が落ち、肝を冷やす。
これは近くに落ちたに違いない。

今回は隊長としての判断に誤りは無かったと胸を撫で下ろした。

ふと、あの別れた姉さん達はどうしているだろうと心配になる。

時と場合、お金をケチると大変な目に遭うので、人の忠告に耳を貸すのは大切だ。

辺りの騒がしさに、そぞろ起き出し兄弟で迎え酒だ。

知らないうちに二度寝していたらしい。

6時〜8時までが朝食時間で、7時〜8時が風呂掃除タイムだ。

朝風呂を計算して7時に朝食。

二日酔い?か多少酔いを抱えて、バイキングに突入。

卑しいとも言うが、貧乏性が如実に出るバイキングでは、自分の状態を考慮する事なく、
とりあえず全部皿に取ってしまい後に悩む事態になる。

夕食 朝食

パンパンに張った腹を抱え、酒を抜きに風呂に行く。

湯量が豊富なのを証明するように、片方の浴槽の湯が替えらていた。
毎日交互に湯を張り替えているんだと、温泉の本質が話題の時だけに感心する。

帰宅後も硫黄の匂いがプンプンする位の確かな温泉でした。間違いない。

9時がチェックアウトの時間だが、一向に雨と風が収まる気配が無い。

一応用意を整えて玄関で待機していると、朝一番で到着した客がビショ濡れになってチェック・イン。

駅までの15分のために、カッパを着なければならない。

どうにか避けようと様子を見るが、天気予報は富山県に大雨洪水注意報が出ているので回復の気配なし。

仕方なくフロント付近で記念撮影して、出発。

下界から見れば雲の中を、風雨を突いて歩き出す。

さすがに4時からの宴会はちょっとした登りも堪える。

無事駅に着き、9時半に帰路に着く。

ガラガラの我々のバスに対しすれ違う登りのバスは満員だ。

一体何をしに行くんだろうか?と不思議だ。

トランジットの観光客は、多分駅の構内から一歩も出ることが出来ないだろう。

しかしながら、乗り継いで降りて行くほどにツアー客は増えるばかりで、

上の情報は伝わっているのだろうかと、バカバカシ加減にげんなりする。

乗せてはいけない物「死体」と書かれたケーブルを降りると、おまけに黒部ダムは放水していない。

これでは唯の壁で、雨に濡れてまで見る価値は無い。

一応ダム湖の遊覧というプランも有ったが、この天気ではねえ。

11時半前に扇沢に着く。

ここでこれまで使えなかったヒロユキのフォーマの携帯が使えるようになった。
ようやく文明圏にたどり着いたと、雨上がりの空を見上げ安心する一同であった。

いやはや相変わらず、ドタバタでトホホな登山隊ではあったが、無事下山出来てよかった。

スリル満天の剣岳は、さすがに山屋憧れの山だけの事があり、天気がよければお勧めである。
ちなみに立山経由の場合は雄山神社の参拝をお忘れなく。

志摩お山歩倶楽部  竹内敏夫