お山歩日記2004「常念岳(じょうねんだけ)〜嵐を呼ぶ雷鳥編」

山域  常念岳(長野県)

コース

一の沢〜常念乗越〜常念岳〜乗越〜一の沢
期間  7月24日(日曜)〜25日(月曜)
参加者 ノリヒコ、リツコ、エツコ、ミサト、ハヤテ、トシオ


今年もまた、ミニだかプチかエルニーニョのせいで異常気象だ。

とにかく梅雨らしい雨もなく、真夏が続き猛暑の中、

待ちわびた夏山遠征がついにやってきた。

ただ、山の気象が不安定なのは気がかりであったが・・・

前日夜10時出発。年を追う毎に徹夜登山はキツクなる一方だけれど、

住む場所が不便な為、日程を考えれば体力が続く限り諦めるしかない。

伊勢道、東名阪を経て中央道、更に長野道へと向かい梓川SAでノリヒコと

落ち合った後に、豊科ICで高速を降りる。

もちろん御在所SAで、麺類は祈りを込めしっかりと食す。

147号線を北上し柏矢町から登山口に向かう道に分岐するはずが、

迷走の果て夜明けと共に野良作業着のおじさんを捕まえ、ようやく一の沢に向かう。

遥かなる常念岳 一の沢補導所

一の沢林道の終点が登山道入り口となっているが、

その手前1kmの所に無料駐車場がある。

豊科の街中のコンビニで調達した朝食を取り、

いざ準備というところでミサトが、トイレに行きたいと訴えた。

しかしながらトイレは1km先の一の沢登山補導所まで行かなくてはならない。

タクシーはそこまで乗り入れられるので、

ノリヒコの車に子供達と、我々の荷物をつめ輸送する事にした。

慌てて用意をして送り出し、

しばらくするとノリヒコが積み込んだ我々の荷物と共に帰って来た。

何でも工事中で途中までしか行けなかったらしく、

ハヤテに荷物番を頼んだが拒否されたので持ち帰ったそうだ。

しかたなく当初の予定どおり11kgのザックを背負い補導所に向かう。

15分程で到着。そこにハヤテが待ち受けていた。

開口一番「持ってきたゲームは何処でするの?」

山小屋ですればいいと答えると、

膨れ面して出発のドサクサで車に忘れたと言う。

自分が忘れたのだから諦めろと諭すが、納得がいかないらしいので

「自分で取って来い。」というとサッサと歩き出す。

ここで往復30分も待つ訳にもゆかず、時間も然る事ながら体力の消耗を考えると、

行かせられるはずもなく無理やり納得させる。もちろん彼はふて腐れモードだ。

トイレを済まし、登山届を補導所に提出する。

係りの小父さんに「今日は大分入山しましたか?」と聞くと、

昨日は300人位だったが今日は大したことはないとのこと。

他のルートからの入山者を含めると、予想では500人位山小屋に泊まったのではないかと。

定員300人のところ500人とは一体どういう状態なのだろう。

恐るべし、やはり7〜8月の土曜日は避けた方がよい。

Am6:30補導所とトイレの間の道を抜け森へと入る。

常念一帯は保護された自然林なのが嬉しい。

私、ハヤテ、ノリヒコ、リツコ、ミサト、エツコと続く隊列。

歩き出し1分もしないうちに濡れ石に足を取られ隊長こける。

膝を痛打するが高価なサポーターのお陰で事なきを得る。

森の中を15分程歩くと、トチの老木の根元に祠が祀られている。

山の神様にたまたま有った人数分の1円玉を賽銭に登山の無事を祈る。

殆ど傾斜の無い緩やかな道には熊笹と苔むした木々、なかなか味わい深い森林散策である。

1時間ほど歩くと一の沢の本流に出る。

澄み切った水は冷たく美味しい。早速持参の水と入れ替える。

このコースは水筒が要らないと常念小屋のHPに書いてあるぐらい水が豊富である。

一の沢 笠原沢

川原でしばし休憩。ここにきてようやくハヤテ機嫌を直す。

「ゲームを禁止される事もあるし、山小屋で出来なくても、

降りてから速攻で温泉を出て、ゲームすればエエンや。」と。

どうやら今までゲームに拘っていたらしい。

気温20℃ガスの間から時折太陽が顔を出す。

ノリヒコ曰く「マイナスイオン大サービス」なか沢本流を左側に進む。

傾斜の無い分時間経過の割には高度が上がらず、

口数が多くなったハヤテからは今どのぐらい?後どれぐらい?の質問が続く。

Am8:30山小屋まで約半分の地点に到着。残り2・9kmこれから本格的な登りだ

。コースタイムでは山小屋まで4時間半。どのぐらいで着けることやら。

すれ違う下山の登山者に滝まで頑張れと励まされるが、いざ滝付近になると

木々に邪魔され眺望が利かず音はすれど、標識も無いので「王滝」はよく分からなかった。

登り進むと右手から水量豊かな笠原沢が合わさり、すべりやすいい丸太を注意して渡る。

いったん沢をはずれ、急なジグザクな登りが続くと再び沢に出会う。

ここからは胸突き八丁。

崖の部分をトラバースする為の高巻き道で、道が細く左側は切れ落ちている。

アップと少しのダウンを繰り返す。

そろそろ疲れが出始める頃合だが、この一帯はお花畑で様々の花が目を楽しませてくれる。

Am10:30ようやく一の沢終点に到着。

最後の水場で水を補給しラスト1kmに挑む。

標高差500m弱を約1時間で登る。

これまでと一転して、暗い樹林帯をジグザグに登っていくと、

標高差100m毎に丸太のベンチが置かれていてほぼ10分歩くと休憩となる。

次第にガスが濃くなりだし、常念山頂部が見えなくなってしまう。

以前、燕岳(つばくろだけ)で似たような状況で稜線に出た途端、

視界が広がり和具弁の嵐が飛び交った経験があり、

今回もきっとそうだと大いなる希望的観測で体力的にもキツクなりだした隊員一同をなだめすかす。

ようやく第4ベンチに至ると、父に聞いても埒があかないと思ったのかハヤテはすれ違う下りの登山者に

「後どれぐらいで、山小屋ですか?」と訊ねる。

こいつは妙に知らない人でも物怖じしない。

「もう少しだよ。」と聞き、ようやく眠れるエンジンが掛かり出したようだ。

最後の登りで稜線が見えるようになると、俄然張り切りだし先頭に踊り出て

大人顔負けのスピードでダッシュ。

常念乗越(のっこし)2466mの到着。ニコニコ顔でみんなを出迎えている。

ここは岩屑に覆われた広い鞍部(グランド一個分ぐらい)で、少し東側に下った所に今日の宿である常念小屋がある。

残念ながら、期待とは裏腹に槍の姿はガスに隠れていた。

常念山頂部も時折姿を見せるが、これもまたガス化粧だ。

みんなが揃い一息入れていると、いつのまにかハヤテがいない。

槍が見えるテラスのベンチにも見向きもせず、小屋に直行しているではないか。

しかたなく、とりあえずチェック・インだ。

常念乗越 常念小屋

Am11時:30という時間のせいか、早い者勝ちで6畳弱の小部屋をゲット。

家族という事にして他の客は入れないようにしてくれた。

子供がいる強みかも知れない。強面の割には親切な山小屋の親父の対応だった。

畳敷きの小部屋でも一応11人部屋らしい。

聞いたところ、昨日は定員300人に対し400人の客だったようだ。1畳に2人の世界だなぁ。

それでも料金の9000円は変わらないので、込みそうな日は避けるのが賢明である。

荷物を置き昼食タイム。恒例のラーメンタイムだ。

小屋より一段高い場所にあるベンチに陣取り、携帯コンロでお湯を沸かす。

本来ならば、生ビールを片手に槍の雄姿を正面に左に常念岳、右に横道岳、東天井岳を見ながらという構図だったが、

取らぬ狸の皮算よ、見えるのは槍穂高縦走路の壁だけだ。

時折ガスが抜け常念や横道岳の姿が見え、微妙な按配である。

昨年白山で同じような状況で、完全寛ぎ宴会モードに入ってしまい、

ガスが晴れた頃には出来上がってしまい頂上アタック出来ず、翌日ガスで頂上真っ白という苦い経験をした。

時間が早いのでとりあえずアタックしよう、と嫌がる子供達に反し決定。

ガスの中の槍 ライチョウ

しばし休息。放って置くとみんな寝出す。

聞くともなしに、周りの会話が耳に入る。

何でも、昨日は雷が発生したらしく、

1度なると山では3日続くと定説があるので今日も午後からは注意が必要だと。

そういえば、山小屋の天気情報に昨日3時頃に雷ありと書いてあった。

でも、往復1時間半だから、2時過ぎには戻れるから大丈夫だろうと判断する。

12時半に出るつもりが、みんな本気モードで寝出したので1時にずれ込んだ。

槍の穂先が見え出したので、慌ててミサトだけ連れ先行する。

近いので何も無くてもOKだろうと、Tシャツの上に上着、もしくはフリースの軽装でカメラと貴重品のみ携行。

標高差約400mいざ出発。

常念山頂部は岩塊の斜面で、ハイマツがあるぐらいで、

隣の横道岳に樹林があるのに対し視界を遮るものは何も無い。

最初は細かい石が、高度を上げるにつれ段々大きな塊となり、足元が不安定になる。

50m程登ると、前常念へトラバースする道への分岐だが、

土砂崩れのため現在通行不能だ。更に上に進むとハイマツが現れると、小屋が小さくなりだす。

一時は晴れたガスが次第に濃くなりだし、200m程登った所でようやく全員集合。

見上げる山の突起を目指しワッセワッセと歩みを進める。

辺りのガスが更に濃くなり東からどうも暗くなって来ているみたいだ。

浮石に注意しながら山肌を縫うように高度を上げようやく、突起付近までやって来た。

ふと先を見ると雷鳥が目の眼に呑気にたたずんでいる。

かなり近づいてもあまり動じる事がない、1mまで接近接写。

いいのかと思いつつ道を塞ぐ雷鳥に歩みを進めると、さすがにピョンピョンと飛び跳ねる先にもう1羽。更に3羽目。

めったに無い事なので、感動する。

「ガスで景色が見えなくても、雷鳥を身近に見れたからいいよね。」

と頂上も間近だろうと勝手な安心感が漂っていた。

ふと、エツコが言った。

「ライチョウって雷の鳥って書くのよね。」

不吉な一言だ。

そして、その1分後何か冷たいものが顔に当たりだした。

雨だ。それもビショット張り付く嫌な感じだ。

一瞬通り雨かと思い、頂上から下りてきたオジサンに頂上までどの位かかるのかときたら、

あと30分位かかるとの答えだ。

ガス視界が利かないので、耳を疑いつつも雨具の用意が無い以上引き返すしかないので、

せっかくここまで登ったのにと後悔を引きずりながら、

2〜3分下り出すと、それまでのポッポツの雨が急に土砂降りになったと思ったら、いきなり直径2〜3oの雹になった。

叩きつける様に降る雹は痛い。

帽子を被ってない私とミサトは特に容赦なく顔に当たり、特に耳が痛い。

急ぎ下りようとするが、足場が悪いので走る事は出来ない。

そして爆音と共に雷がやってきた。

身を震わすドーンという音に、ノリヒコの「伏せろ!」と叫びが続く。

人間が1番高いと言う身を隠すものが無い岩だけの斜面では、ひたすら身を低くして雷をやり過ごすことしか出来ない。

更に勢いを増す雹の嵐は、短時間で雨具の無い体をずぶ濡れにする

奪われる体温。しばらくすると、指先が痺れだす。

数発の雷の後に一時の静寂。 

「今だ!GO!GO!」アドレナリンが上昇。

姿勢を低く保ち、足元に注意しながら、最大限のスピードで下山。

再び轟音1発。身を投げ出すように伏せる。

映画で見る戦場のように砲火が上がる毎に、ひたすら身を低く伏せ

雷が鳴り止むと、中腰の体勢で前進。

震える子供達を抱え込み、時間と格闘する。

体は恐怖と雹に濡れた冷たさで震え、靴まで浸水。全身グチョグチョ。

ようやく山小屋が見え出すも、再び雷が激しく鳴り出し、

動きが取れなくなる。

待機も限界に近づき、行くも地獄待つも地獄の、究極の選択の果て

頭を抱えながら一気に山小屋へ、

気が付くと、リツコが1人先行している。

後に、「バラけたら雷が落ちにくいので、少し離れたら、何時の間にか随分距離が開いてしまった。」

と言っていたが、どうも説得力がない。

独身女の生への執着が態度となって出たに違いない。

幸運なことにみんな無事に山小屋到着。

山小屋前のテラスのベンチにはよほど慌てたのか、コップやペットボトルが散乱していた。

少し低くなった山小屋の玄関前は川になっていて、

ジャブジャブと渡る。

濡れねずみのような体では玄関から部屋に入る訳にもゆかず、

ミサトを連れ乾燥室に直行する。

乾燥室の暖かさで、ようやく生きた心地がした。濡れた服を脱ぎ、窓の外に手を出し服を絞る。

ゴアテックスの内側から進入した靴の水を捨てる。

そうしているうち最初は疎らだった乾燥室に、先行していた20人弱のオババ軍団が現れ大混雑になる。

遠慮という物を置き忘れたこの生き物は、乾燥室を占領し人の物も押しのけ我先に服を掛けだす。

ついでに恥かしさも忘れているので、

中にはいきなり下着のパンツまで脱ぎだして不幸にも偶然皺くちゃの垂れた尻を目撃してしまった。

玄関先で別れた後続部隊がようやく到着。嫌なものを見なくてラッキーだ。

大騒ぎの揚げ句、なんとか干し場所を確保。

部屋にたどり着き、着替えると3時になっていた。

体の震えも収まり、とはいえ指先の痺れはなかなか取れなかったが、

そうなると現金なものでビールが飲みたくなってくる。

部屋の前の急な濡れた階段を、少し前に滑り落ちた人を教訓に慎重に移動。

部屋に持ち帰りリツコとノリヒコとの3人で無事を祝し乾杯。子供はジュースで乾杯。

今回は非常にヤバかった。事前情報を得ていたのにも関わらず、行動したのは隊長の判断ミスだった。

雷は意識の隅にはあったが、山を舐めて雨を想定していなかったので、雨具を持たなかったのが最大のミスだ。

しかも子供達の分は2人とも新調したのに、意味を成さなかった。

「子供を殺してしまうところだった。」とニガ笑いしながら反省会

みんなからひとり先に逃げたと、非難されたリツコは必死に言い訳していた。

「珍しく雷鳥を近くで見たからかなぁ。」とエツコ

そう、臆病な雷鳥との異常接近が雷を呼んだに違いない。

ガスの中で雷鳥に出会ったら、注意が必要だ。雷鳥は嵐を呼ぶ鳥だから・・・

夕食 朝食

馬鹿話で盛り上がっていると、ミサトが気持ち悪いと言い出した。

顔が赤く、額を触ってみると熱があるようだ。

幸いな事に、この小屋には夏季限定で信州大学医学部の学生による診療所が併設されている。

医療関係の仕事をしているノリヒコが相談に出かけ、医学生を連れて帰ってきた。

体温を測ってみると38℃あり、状況を説明すると

「熱が上がりかけている状態なので、今は薬を出してもあまり効果がないので、

このまま暖かくして夕食後まで様子をみてください。また夕方来ます。」

と小屋中で1本しかない体温計を回収して言った。

何でも3本持って入山したが、何時の間にか無くなって1本になってしまったので貸し出せないらしい。

5時になり夕食になっても回復せず、ミサト抜きで食堂へ。

高山病でエツコ抜きの夕食は結構あったりするので、あまり心配しなかった。

多分危機的な状況の反動で少し感覚が麻痺していたのかもしれない。

いっこうに降り止まない雨で、もう夕日は諦め、そのまま飲み続けた。

いつもの様に記憶が薄れだし、気が付くと日付が変わっていた。

3時半を過ぎた頃からオババの遠慮の無い話し声で、目が覚めた。

4時を過ぎると日の出を拝む為の用意をする物音も加わり、

5時に朝食なのでみんなより先に起きだす。

乾燥室に干した衣類の様子を見にいくと、余りにも間隔が狭いため薄物しか乾いていない

。水を切る為に裏返した靴はそれが仇となり、乾いていなかった。

中には大胆にも上部に紐で吊るした物もあり、それは見事に乾いていた。

失敗したと思ったが、あの時の状況ではしょうがないか、後で引っくり返せばよかった。

回収の為エツコを起こし、ようやくスペースが出来たのでついでに靴を吊るす。

部屋に帰り、みんなを起こす。

幸いな事にミサトも熱が下がり、元気だ。

少し風邪気味だったのと、緊張と疲れが熱をだしたのだろう。

日の出時間を尋ねると4時50分位だという。

山小屋は東西に視界が広がっているので、3分も歩けば日の出を見ることが出来る。

しかしスリッパがある山小屋ではないし、靴がまだ履ける状態ではなく、

出発のギリギリまで干さなければならいので、諦める事にした。

東向きの窓から、御来光を拝す。

朝食は早い者勝ちなので、気が付くと行列が出来ていた。

慌てて、子供達に順番を取らせて、他の者は片付けと用意をする。

ギリギリ第1弾に紛れ込み、無事朝食を終える。食事は良くも無く悪くも無くだった。

朝食を終え、ふと視線を上げると目の前に槍の穂先があった。

食堂のテラスに出てみると、槍の懐かしい姿がそこにあった。

これを見るために、ここに来たのだった。ありがたい。

すっきりした晴れではないが、それでも充分に周りの景観を堪能できる。

上空の灰色の雲はいささか怪しげだけれど、神様も捨てたものではない。

槍ヶ岳 槍縦走路

試練の後には感動が待っているのかも知れない。

急ぎ荷造りをして、小屋に預ける。

恐る恐るまだ濡れた靴に足を通す。なんとかなりそうだ。

「頂上往復の間は、雨は降らないだろう。」と言ったが

子供達が頑として上着にカッパを着ると主張するので、全員ウィンドブレーカー代わりにカッパを着て再チャレンジだ。

Am6:00重い荷物を背負い、蝶ヶ岳に縦走をかける人や、8合目から前常念を経て三俣に下る団体に混じり登りだす。

空荷の我々は、そういう人達を尻目に軽快に高度を稼ぐ。

登り始め30分程の地点で、子供2人連れの夫婦が立ち止まっている。

小学校の低学年と高学年の男の子の組み合わせで、その下の子供が

座り込んでいる。

お腹が痛いと主張する子に対し夫婦して怒っていた。

「お前の腹痛は怠け病だ。しんどいと思うから動けないんだ。」と父

「小屋を出るときは、元気だったじゃない。甘えちゃダメ。」と母

どうも耳に懐かしい響きで、ハヤテには耳が痛い会話だ。

微笑ましいというか、他人事に思えない状況だ。

多分子供の腹痛はウンコ腹だと思うが、小屋まで引き返すと

1時間のロスになり、かといって木陰岩陰もない所で野糞も無理だ。

要らぬお節介なので、ハヤテお前みたいだとからかいながら先に進む。

常念への斜面から見た小屋 ライチョウ遭遇地点

雷鳥との遭遇地点に達したが、その姿は無く一安心。

下から見えるピークに着くが、その先のもう一山先が常念山頂だ。

確かに昨日聞いたオジサンの後30分は嘘ではなかった。

高度を上げる毎に、周りの景色の全容が明らかになりだす。

北は、燕岳から大天井への縦走路、

西に目を向けると槍の雄姿と荒々しい北尾根。

槍から穂高への縦走路、南岳から大キレットを経て北穂高岳。

山頂に近づくにつれ、穂高連峰が現れる。

常念山頂 燕岳(奥)から大天井縦走路

小ピークを過ぎると、緩やかな痩せ尾根になり、三俣との分岐を過ぎると最後の登りとなる。

痩せ尾根ではようやく元気を取り戻したハヤテが

「ハヤテ常念で死す。は嫌だな。」と昨日を思い出して呟く。

コースタイムとは裏腹に、頂上まで1時間20分かかった。

昨日、あの時点で引き返したのは正解だった。

頂上からは唐沢カールを囲む穂高の見事な姿が見え、

南にはガスが濃くってぼやけて見えるが、乗鞍岳。

常念からの縦走路は痩せ尾根を一気に下って、蝶が岳に向かう。

残念ながら、蝶が岳の姿は山頂にガスがかかりよく見えなかった。

山頂 雷の後と蝶が岳(手前)と乗鞍岳(奥)

2857mの山頂には小さな祠と展望版がある。

その先の一段低いところに、見事に裂けた丸太が立っていた。

後から着いたおじさんが、一昨日来た時には裂けてなかったと証言。

昨日の雷が落ちた跡だった。改めてゾットする。

「槍の穂先登るより、雷の方が断然怖い。だって槍は手を離さなければ

大丈夫だけれど、雷は落ちてきたら避けようがない。クワバラ、クワバラ。」

とノリヒコが槍を見ながらハヤテに説明している。

ガイドのオジサンに連れられたオババの一団が我が物顔で狭い山頂を占拠し、

彼方此方に置かれたザックで行き場を無くしだしたので、下山する。

2度目の下りは慣れたもので、40分程で山小屋に着く。

途中、小ピーク辺りで例の子連れとすれ違う。やはり小屋まで戻ったようだ。

その頃からガスりだしたので、気の毒だけど頂上では何の景色も無かっただろう。

白く景色を染めるガスを見て、ハヤテが言う。

「山では、雲の色を見て行動しなないとね。黒い雲は危ない。注意だお父さん。」

ごもっともである。

穂高連峰 表銀座縦走路と私

小屋に戻り各自土産物や記念品を買う。

一度荷造りしたザックからコンロを出す気にならず、ホテル並の値段のドリップ・コーヒーを飲む。

Am9:00ハヤテの「早く、下りよう。」の掛け声で、

玄関前の記念写真後下山開始。辺りはスッカリガスに覆われ3時間だけの奇跡の眺望だった。

下り始めて10分もしないうちに、雨が当たりだした。

全員雨具着装。ようやく本来の使い方が出来た。嬉しいような嬉しくないような、

複雑な気分だ。雨が降ると滑り易くなるので、慎重に下山。

最後の水場についた頃から、雨は小降りになって胸突き八丁を過ぎると

晴れ間がのぞきだした。川原でカッパを脱ぎ身軽になって更に加速。

しかし、登りが緩やかなのは下りの時間短縮に結びつかず、ほぼ同じ時間を必要とする。

一刻も早く下りて温泉の後ゲームがしたいハヤテは焦れて

登る人に「後どのぐらいで着きますか?」と聞く。

結局3時間半をかけ、12時半に登山口に着く。

補導所でレトルトの昼食を取っていると、突然と土砂降りの通り雨。

またカッパを着たくないので、1時間ほど雨宿りをしていたが止む気配がないので、

しょうがなくカッパを着て1km先の駐車場に向かう。

嫌らしい雨はついた頃には小止みとなり、恨みながら通り道にあった温泉へ。

常念岳 槍ヶ岳

長野の温泉は基本的に安いので嬉しい。

気分一新。風呂もそこそこにハヤテはゲーム

早いもの勝ちで、ビールに舌鼓を打ち、これぞ山の後の楽しみを堪能する。

いろいろあれど、終わりよければ全てよし!

志摩お山歩倶楽部   竹内敏夫